人間の数千倍と言われる嗅覚(きゅうかく)を持つ警察犬。
近年では、高齢者数の増加に伴って増える徘徊(はいかい)や行方不明者の
捜索にも威力を発揮している。
一人前の警察犬として現場で活躍する犬たちは、どのように育てられるのか。
横浜市栄区にある神奈川県警警察犬訓練所を訪れた。
「探せ、さ・が・せ」
テニスコート3面分ほどの広さの草地の訓練場所で、シェパードの「アイル号」(メス、3歳)が足跡追及訓練を受けていた。
別の警察官の歩いた道筋を正確にたどる訓練だ。
アイル号は優れた嗅覚を見込まれ、県警で初めて、民間の嘱託警察犬から県警が管理する直轄警察犬として採用された。
昨年7月の訓練所入所からアイル号とペアを組む県警鑑識課の太田豊警部補(42)が出す指示の口調は、
どこか小さな子どもに親が諭すような響きがある。
犬の知能は人間の3歳児程度という。
必死に地面に鼻をつけ、残されたにおいの足跡をたどるアイル号だが、ふとした時に集中が切れる。
その集中が切れそうになったタイミングを見計らって、「探せ」と声をかける。
アイル号は訓練開始から約30秒で、右に大きく曲がった足跡を正確にたどって
十数メートル離れた場所に隠された人のにおいのついた小さな布を見つけた。
実際の現場は訓練通りにはいかず、警察犬が戸惑うこともある。
「訓練には正解があるが、実際の現場には正解が無いことがある」と太田警部補は言う。
与えられた捜索対象者のにおいが、時間の経過や雨で消えてしまっていたり、
車で移動して途絶えてしまったりしているケースもあるからだ。
「探せと指示されて存在しないにおいを探し続けているうち、犬が現場で何をして良いのか分からなくなってしまう」という。
15頭いる直轄警察犬の昨年の年間出動件数は1頭あたり平均65件。
出動先すべてで警察犬たちが「正解」にたどりつけるわけではない。
訓練所では、再び正解のある訓練で警察犬に「何をすれば良いのか」を取り戻させ、また現場に赴く。
DNA型鑑定や指紋鑑定をはじめとする科学捜査が主流となった現在の警察捜査にあっても
警察犬の捜査能力にかかる期待は大きい。
今年3月、アイル号は、川崎市で「外出したまま帰って来ない」と捜索願が出た現場に出動し、
5分後に周辺を徘徊していた高齢者を見つけ出す活躍をみせた。
警察庁の広域技能指導官にも選ばれた警察犬係の赤坂一彦警部は、
「DNA型鑑定も指紋鑑定も数日から数カ月の時間がかかる。
しかし、人の数千倍の嗅覚を持つ警察犬は、その場で関係者か否かを判定できる」と話す。
昨年8月には、伊勢原市のビジネスホテルで宿泊者が暴行された事件で、
出動して遺留物のにおいをかいだ警察犬が同施設内の特定の部屋に反応。
県警はその部屋の宿泊者に捜査対象を絞り、逮捕につながった。
県警は3年前から行方不明者捜索に警察犬を出動させる条件を緩和し、
時間が比較的経過していても出動させる方針に変更した。
防犯カメラの映像などを追わなくても、対象者を速やかに発見できる可能性が高いからだ。
訓練所では現在、出動した地点でにおいが消えてしまっていても、
周辺からにおいの痕跡を見つけ出すまで警察犬に探させる新しい訓練を導入し、警察犬の活躍の場を広げようとしている。
(古田寛也)